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タイトル
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城壁とコウノトリ
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目的地 |
アフリカ・中東 > モロッコ > マラケシュ
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場所 |
マラケシュ |
時期 |
1992 年 7 月 |
種類 |
景色 |
コメント |
−裏声でそっとつぶやく−
さらに、背中に冷たい汗を感じながら、私は再び、フナ広場の群衆のなかにいる。 ジャマ・エル・フナ。この広場の名はアラビア語で”死人の集まり”を意味する。 その昔、公開処刑場であったという。昔、イスラム教国の刑は、禁固、鞭打ち、さ らに絞首刑があり、全ての執行は、民衆の前にさらされた。 そのことに思いを馳せたりはしないし、もう、ここにはその面影もない。 この「お祭広場」に、何か人間の持つ業のはかなさのようなもの、を感じさせられ て、しょうがない。 けばけばしく、また滑稽な衣装を身にまとった水売り。屋台を切り盛りする、観光 客が席に着くと10倍もの料理の値をしたり顔で請求する旦那ども。そんなことに は、おかまいなしに飽食を尽くす赤ら顔の西欧人たち。そのおこぼれにありつこう とする、スラム化して輝きを失った瞳をした子供たち。その子供たちを遠巻きにし て、今日の彼らの 戦利品を待ちわびる親たち。猿を鎖につなげているだけで自身 がポーズをとり写真を撮れよとせき立てる、どちらが猿回しかわからない猿回し芸 人と猿。蛇使いもアラビアン ナイトの世界にほど遠く、首に蛇を巻きつけて、興 に浸っているだけだ。 「フォト、フォト」と叫ぶ姿がむなしい。眼の不自由な語り部は、淡々と語り続 け、いよいよクライマックスというこのときには、雇われらしきサクラが大仰に叫 び、笑いのたうちまわる。ただし、そのタイミングがはずれることがしばし・・。 やせ細ったボクシングをさせられる少年たち。しつこく、しつこくつきまとうガイ ド達、といっても外国人をみかけると、すべての大人も子供もガイドに豹変するよ うだ。 ハッシシ売りは今日もどこかでカモをつけ狙っている。そのハッシシ売りを探し求 めるヒッピーくずれの西欧人。ユスリ。たかり・・ext。 おかしく、こっけいで、もの悲しいこの空間が、まさに人類が何千年と営んできた 重荷として背負いこんでいる「人生」というものの縮図にみえてしょうがなかっ た。 その昔、ここは公開処刑場であった。 −死ぬも生きるも地獄か。− 眠りを知らぬこの広場であるが、もうここには長くいられない。 この広場を離れるのは名残惜しかったが、それ以上にとても疲れた。まざまざとみ せつけられたのは、「自分の鏡に写った顔」だったのかもしれない。 離れる前に、ベルベル民族の音楽を録音しようと小型の録音機を手にしていたの を、目敏くみつけた一団のなかの少年が帰ろうとする私の前に立ち塞がった。 そして、グイグイ手をひっぱり、アラビア語で凄い剣幕でまくし立ててきた。 下手なパフォーマンスよりおもしろそうとばかりに、あっという間に私達のまわり は、すごい人だかりとなった。 さらに、さらに汗が流れてきた。言葉がまったくわからないのだから、なおタチが 悪い。 なんとか、この場を収拾しようとポケットを間探り、幾漠かのコインを渡そうとした。 「いや、20DH渡せ!」と、少年の興奮はおさまりそうもない。どいつも、こい つも損得の計算だけはできるようだ。それよりもコインを出した自分が情けなかっ た。 私も、もう一銭もくれてやるものかと意地になりかけていた。 唯一救われたのは、楽団の他の男たちは、なんの出来事かと、こちらを眺めている だけだったことだ。その時、聞き覚えのある声がした。そして、それが聞き覚えの ある「声」ではなく、「言葉」であったことにすぐに思考が収まった。そう、たし かに今、日本語で誰かが「どうかしましたか?」声をかけてきたのだ。 人だかりの輪をかきわけて私の眼の前に現れた天使は金髪のひょろりと背の高い青 年。 「どうかしましたか?いや、ここはモロッコです。いやな思いをされることもある でしょうが、悪く思わないで、どうか良い旅を続けて下さい」 流暢な日本語で、こう私をなぐさめてくれたあと、ベルベルの少年の方を向き、今 度は現地の言葉で彼をなだめている。 金髪の青年に挨拶もろくにせぬまま、急いで広場を後にすることにした。 急ぎ足で歩く私の後ろから、また声がした。その声はドンドン近くになって・・。 「ちょっと、ちょっとあなた」そして私に追いついたその声の主は、 「あなた、ベルベルの音楽をテープに録音したって?それはいけない。 これは、この音楽は、彼らの魂の叫びなのだから。魂を無断で録音しておいて、こ れは大変なことだ。あなた、テープを渡すか、彼らの魂を癒すのにみあった・・。さもなくば・・・・・・ 」 「警察に行くしかないでしょうねぇ」 もう、この流暢な日本語に感心するような思考能力はなかった。彼にそう言わしめ るその背景を読み取る技術も体力も忍耐力も持ち合わせてはいなかった。私は、 「20ディラハム払えばいいんでしょう。」と、掃き捨てるように言った。 青年は、狂犬のような目つきをした汚らしい少年に交渉もせず、すかさず、 「いや、50ディラハムだ!」と命令口調で言った。 いやしくも親日家と、同胞の言葉に救いの神と一瞬でも気心を許した私がバカだっ た。 なんか、もうどうでもよくなり、ポケットから一枚、ホテルを立つ前に何かあった ときのためにと忍ばせておいた紙幣をとりだした。 「これでいいだろうっ」と精一杯、捨てぜりふのつもりで、投げつけるように青年 に渡した。青年はすこし、躊躇したようだったが、 「いいですよ」とうわずった声で言った。 青年と少年の顔には眼もくれず、クトゥビアの塔に向かって歩きはじめた。 クトゥビアの塔がやがてかすんで見えてきた。涙がむしょうに流れてきた。 月はもう塔にかかってはいなかった。空のどこにも・・。 彼らに渡したのは、100ディラハム札だった。 |
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