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タイトル
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カスバより
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目的地 |
アフリカ・中東 > モロッコ > その他の都市
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場所 |
アイトベンハドゥー |
時期 |
1992 年 7 月 |
種類 |
景色 |
コメント |
−風景− そのカスバは砂漠のなかから、忽然と姿を現した。まるで蜃気楼のようだった。 近づけば、近づくほど遠くへ行ってしまいそうだった。 小高い丘の上に蜂の巣のようにひしめきあっている土塁のカスバ。 丘の下にはナツメヤシの木々が寄せ合うようにして生い茂っている。 ナツメヤシの手前は河原で、小川がさらさらと流れている。 その澱みにはメダカのような小魚が何匹か、かたまって泳いでいた。 よく眼をこらさなければみのがしてしまいそうなこの小さな生命たちに、無馮と静 寂の世界に小石がコツーンと鳴ったような安堵感を覚えた。 その昔ギリシャ人が、「神々の柱」と呼んだ4000メートル級のアトラス山脈を 越え、全く異質な世界にいた。 ささやかなる想像力を超えた有無もいわさぬ砂漠の風景だった。 小川を渡り、カスバの茶褐色の重厚な門をくぐる。 消え入ることなく建っている遺跡。 本当に消えたのは人間達の方だった。このカスバは、植民地下のフランスの軍隊が 前線基地として利用し、彼らは長らくここに住み慣れた部族達を追い出した。 門から丘を右にまわるようにして道なき道を登るとカスバの入口がある。 カスバの入口には、古びた椅子に座った、歳もわからないぐらい皺を顔に刻んだ老 婆がいた。 糸車のようなものを右手に掲げて「フォト、フォト」と呻くように口を開けている 彼女の眼には、たしかに私が映っている。 ただし、その眼が欲しているのは私ではなく、私のズボンのポケットに収まってい る幾らかの小銭だろう。 顔をそむけたくなるような、哀れな老婆であったが、ここへの入場料と割り切り、 カメラを向けた。シャッターは切らなかった。 2ディラハム払い、これでうしろめたい思いをせずにカスバを見物できると思っ た。老婆はここに住んでいるのだろうか? 住んでいても、住んでいなくとも、ここはお化け屋敷のようなものだった。 ベルベル人もフランスの軍隊も、もうここにはいない。あらゆる歴史は、遺産はお 化け屋敷のカラクリのようなものだった。いったい遺産が何を語りかけてくると言うのか? 丘の頂上をめざして歩く。息がきれそうなくらい急斜だ。 ミネラルウオ ーターの瓶が山をなすように捨てられてあった。 人が造った物も、人が捨てていった物も、やがては砂に埋もれて消えていく運命に ある。 頭上高くなった太陽は、これまでの太陽とは別もののように、その日差しは鼻の毛 穴を突き刺すよに、痛かった。 汗は瞬間に固形化するようで、腕から塩が吹いた。 喉がとても痛い。 頂上には風があった。四方、見渡すかぎり土砂漠である。語り尽くせるものと、語 り尽くせぬものが、この世の中にはあるが、この風景がまさにそうだった。 見下ろすと、か細い小川とナツメヤシの緑が、この世界のわずかなアクセントとな っているのみだった。 何枚のシャッターを切ったが、どのネガもこの世界を正確に写し撮っていはいない だろう。 「この世界」に面と向かって対峙することから逃れるためにファインダーを媒介に したに過ぎないのだから・・。 思うに、砂漠で生きていく人とそうでない人は、何かが決定的に違う。 砂漠を少しでも「知った」人間はどうなのだろう? 人の営みの原動力の一つである好奇心ではすまされない決定的な何かが私の一生に つきまとうことになるだろう。 頂上を後にし、逆の道を降りていくと土壁の影に佇む少女がいた。 少女はロウ人形のように動かず、立っていた。 |
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