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タイトル
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エルフードの道しるべ
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目的地 |
アフリカ・中東 > モロッコ > その他の都市
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場所 |
エルフード |
時期 |
1992 年 7 月 |
種類 |
景色 |
コメント |
−62ディラハムの幸福−
また、砂ぼこりの町に来た。 ここまで来ると、アルジェリアの国境も近い。 国境線は定かでないと聞く。 列強の植民 地主義の名残りを感じさせられる。 ここは、アフリカなんだ。ブラック・アフリカの人を多く見かける。 混血に混血を重ねたような顔つきの人も多い。 ここ、エルフードの町は12世紀のサイード王朝が興った地方の中心地で、この無 辺な土地の小さなオアシス町の、どこにそんな活力があったのかと感心させられ る。 町を歩くと、ワルザザードと違い、また鋭い「視線の嵐」に萎縮させらる。ベル ベル人の町から、またアラブ人の町へ来たのだ。 町をブラブラ散策していると、無邪気とは正反対の態度をとった子供たちに囲まれ る。 私の「サイフ」はいつも人気者だ。 「明日のランドローバー750ディラハムでどうだい?」 「もう車はこれが最後だよ。席は一つしかあまっていないよ。800でいいよ」 この町の南、約50キロのところにシジルマッサの廃墟があるリサニという町があ る。 そこから、さらに20キロの一帯がメルズーガの砂丘が広がっている。 誰もがイメージする「砂漠」。 エルフードはランドローバーでそのツアーにでかける基点の町としての 顔を持っ ている。 道もなく360度視が利く土地は自分たちの運転ではとても無理で、5、6人のツ アーを組み、専門の運転手ごと車を借り上げて、出掛ける算段に鳴っているのだ。 私は、すでにホテルで手配してもらっていた。 500ディラハムだった・・。 「サハラ・ツアー1000ディラハムでどうだい?」 数人の少年のなかの一人、ヨーロッパ風の顔つきをした少年は法外な値をふっかけ た。 1000ディラハムとは恐れいった。 普通、値段の交渉のテクニックとして、相手の出方をさぐりながら値をすこしずつ 勿体ぶったように下げ、そして時には、「それじゃあ明日からの生活がままならな いよ!」などと大仰に叫んだりしつつするものだ。 ところが、この少年はどうしたことか、あからさまにライバルたちとかけ離れた料 金を堂々とふっかけてきたのだ。 その少年は私に一瞬の不意を突かせたのには成功したが、かえって反感を買った。 それに、おあいにくさま私は暇じゃない。 「ねえ、マイフレンド、タバコ持ってない?」 どこまでも、ずうずうしいやつだ。 「だめ!」 「じゃあ、ハッシシは?」 「そんなモンない!」 「持ってないの?・・じゃあイイヤツ手に入るけど?」 おいおい、おいおい。 まともに相手にしてたら、こっちまでおかしくなってしまう。 取り巻き少年たちにうんざりしても「もう予約してある」という意思表示をどう表 現したらよいのかがわからなかった。 歩きながらの奇妙なジェスチャーゲームが始まった。 取り巻きがますます増えていったのは望むべくかな・・・。 こうして少年たちは私の意思はともかくりっぱに働いている間、大人は何をするで もなく軒下に陣取っては話をしたり、じっと耽ったりしている。 暑さのせいなのだろうか、遊牧民の名残りなのだろうか、それとも本当に何もする ことがないのだろうか。 この光景は旅行中、私の最大にして答えのないテーマとなった。 どの町でもそうなのだ。 「私」とその他大勢の客引き少年ご一行様は、やがて大きな広場につきあたった。 広場には夕げの市が開かれており、町の規模のわりには大勢の人で賑わっていた。 そして一人、二人と少年たちは散っていった。私から金銭をもぎ取るのをあきらめ た。 と言うより、バス待ちや買い物をしている他の外国人の方へ目移りしていっただけ のことの様だった。 モロッコの国境近くまで来るとさすがに、私のような「カモがネギしょいこんだ」 ようなフランス人もアメリカ人もあまりみかけない。 いかにも土地に染まったヒッピー風情の外国人がほとんどである。 広場で、ランドローバー勧誘実行部隊に解放され、晴れて私は自由の身となった。 自由な空気を吸い込んで、散歩に来た目的を思い出した。 そうだ、買い物をしよう。 空は墨色がかり、広場はいっそう賑やかになりはじめた。 今晩の夕食の買い物にいそしむ男達の歓声が耳にかみすばしい。 男が買い物をするのは、イスラム圈では、どこでもみかける光景だ。 私が捜し求めたものは現地の服だった。 一度は着てみたいと思っていたご当地のジュラバというワンピースのような服だ。 田舎では男は皆、この装いだ。 広場をとりかこむ店は生活用品を主に、衣料類を扱う店も何軒かあった。 露地に吊るしかけていたジュラバをよく観察しながら、ある一軒に気を呈して飛び 込んでみた。 狭く薄暗い店内は積み上げるようにして服が重ねてあった。 店の奥には背中の丸まったまるぶち眼鏡の老人がいて、こちらを一平するや否や、 出ていけというような仕種をした。 自分の領域に突然、異邦の男が飛び込んできた、その事 実は私が十分危険視する に値する真実であった。 私は私でその認識がその時は十分にいき届かず、ドギマギしていた。 その間わずかだったろう、老人は私の背後に視線を移したのだ。 どこからともなく、少年が私のすぐ後ろにいた。 先程の「1000ディラハム」少年だった。 少年は二言、三言老人に話しかけ、私を友達というようなうな仕種をして老人と私 の間をとりもってやっきになっていた。 そして最初は怒りの拳をあげていた老人が困惑の顔つきに変わる頃、私に試着して みろと、勧めてきた。 私は白か水色のかしばし、迷った挙げ句に白を選んで少年に服を掲げた。 少年は私が選んだ方を、それみたことかとしたり顔で私の頭から服を着せた。 鏡はなかったが、丈が以上に長く、その様はオバQのように違いない。 土地の人々は颯爽としてみえかっこいいのに何かが違う、 何かが足らない。 ここが日本でなくてよかった。 今度は少年は裾をあげ、どの位の長さかと、私に尋ねてきた。 知らぬ間に、少年と私は 言葉が通じなくとも会話をしていることに気付いた。 私は、現地の人たちより少し短かめに、と少年に告げた。 少年は心得たとばかりに指でしるしをつけ、また頭から服を脱がせて、老人にさし だした。 もう老人は、心なしか微笑んでいるようだった。 老人は、いつもそうであろう毅然としたの職人の顔にもどり、旧式のミシン機械に 向きあった。 私は、ことの起こりを反芻するまもなく何をしたらよいのか、何をはなしたらよい のかわからないまま、少年に2ディラハム渡そうとしていた。 少年は受け取ろうとしなかったが、今度は私が頑として譲らなかった。 少年は私に、わかった、わかったと頷いて、今までみたことのないような清い笑顔 をつくった。 そして、「サラーム」と言って、外に駈けだしていった。 また、本業に戻るのだろうか、そして誰かにこう呼びかけるのだろう。 「だんな、1000ディラハムで、明日の砂漠どうだい?」 白のジュラバは60ディラハムだった。私が見込んでいた半値以下だった。 老人は一心腐乱にミシンに向き合い裁断に取り組んでいる。 薄暗い部屋にカタカタという音が、外の喧騒にかき消されることなく耳に心地良か った。 カタコト、カタコト−−−−−−。 私はその音を聞きながら、ささやかな幸福感に浸っている。 わずか60ディラハムの素敵な買い物と、2ディラハムの友情に。
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