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ミデルトの風
ミデルトの風

タイトル  ミデルトの風
目的地 アフリカ・中東 > モロッコ > その他の都市
場所 ミデルト
時期 1992 年 7 月
種類 景色
コメント −エルフード発、エルラシィディア経由ボンボヤージュ−                                               

鏡に映った自分の姿をしげしげと見つめる。                 
昨日スークで買い求めたネグリジェのような普段着の民族衣装姿になっている。 
よーくみると、ぶざまのようでも、さらによーくみるとなかなかどうして似合って
いる。 
どこか、安っぽいお笑い芝居にでも出てきそうな天使のようでないか、似合ってい
るとは、そういう意味合でのことだ。                    
それでも、木綿で気心地は良い。                      
荷物を持って部屋を出るのに少し勇気がいった。               
意を決して堅い扉のノブをおもいっきり廻し、廊下にだれもいないことを願って外
へ、勢いよく飛びだした。すぐにキャリア・ボーイが3人、目の前に飛び込んでき
た。   
−しまった。−                              
彼らの一人が赤面する私に、笑いながら「トレビアン」となげキッスした。   
湯からあがった後、体から発する蒸気でもこんなに体はほてらないだろう、という
くらい私は全身熱くなった。                        
今日一日この恰好で過ごすつもりだった。
一日がとても長く感じるかもしれない。   
でも、いいや、この服の下はジーパンにTシャツ姿なのだから、いつでも脱ぎ捨て
れば良いのだ。                              
それにしても、この先の尖った現地のスリッパは履き心地が良い、これはジュラバ
を買った後、スークで一生懸命専門店を探して、求めたものだ。
ジュラバにスリッパ、これがご当地のスタイルなのである。          
この格好に唯一欠点があるとすると、それは走るときだ。           
でも、なに、ここはアフリカだ。アフリカにはアフリカの時間が流れている。  
急いで走って済まさなければならない用事など何一つありゃしないじゃないか。 
ちょっとした、ハレの姿はしだいに気もおおらか、−イエーイ、アフリカだぜ−な
どと悠長にチェックアウトの手続きをしていると、ホテル前のエルラシィディア行
きのバスが今にも出発するという。                     
慌てて走り、前につんのめりそうになった・・。                                                    
 町を出入りする街道をバスで5分も走れば、また、岩砂漠が延々広がっている。
自然の驚異とそこに生活する人々の生命の偉大さに圧倒され、ときには閉口させら
れたものだが、旅行く人の悲しい性か、すでに飽きていた。          
エルフードから北へ120キロ、サハラ外縁の隊商基地であったオアシス町エルラ
シィディアへ。
そこからバスを乗り換えて2時間ばかり走れば小アトラス山脈を越え、古都フェズ
の町へ向かうのだ。                            
変わらぬ車窓に眠気が誘発されるが、必死でこらえていた。
メスキという泉のある小さなオアシス町を抜け、沿道のがればの岩が小さなもの
から大きなものへと変化していくのに気づく。                
 エルフードを7時にたち、9時にはエルラシィディアに着いた。       
この町はワルザザードを結ぶカスバ街道と、アルジェリアのガルダイワなどへ通じ
る街道とが交差する交易拠点であった。
昔日の賑わいこそみせていないものの、今でも毎週 月曜日には大きな青空市が開
かれる。                      
この町は、オリーブの栽培でも有名だ。
オリーブ栽培が可能な南限となっている。   
すでに地中海地域に入っていたのだ。家はクリーム色がかったペンキで塗られてお
り、赤茶けた土だけの砂漠地帯で見てきた家と違いモダンにみえる。      
乗換待ちのバスを待つあいだポプラの木の下で煙草をくゆらせていた。     
モロッコの民族衣装を着たこてこての東洋人をみて不思議に思っただろう、観光に
来ているらしい少年が声をかけてきた。                   
「中国人か?インドネシアか?ベトナムか?」                
「日本だよ」ちょっとむっとしながら返事した。               
「ところで君は?」                            
「フランスから」                             
「ほう、一人で?」                            
「父と母と3人で」                            
少年によると、バカンスで家族とバカンスでプジョーかなんだかの車でスペインを
南下し、セウタからフェリーでタンジールに揚がり、首都ラバト、フェズを経由
し、今日のうちにエルフードへ向かうのだと言う。
ちょうど時計の逆周りのコースをしている私とは逆周りとなる。        
「そうか、そうか君はまだ、ほんとの砂漠を知らないんだね?きっと感動すること
請け合いだよ」
こんな調子で、もちろん英語はなめらかではないが「見てきた者」の強みで威厳だ
けはたっぷりに伝えた。                          
「砂漠?ああ、オマーンやテルアビブやナミビアで見たことあるけど・・・」  
「・・・・・・・・・・・・・・・」
私がだまりこむ番だった。                         
瞬の白けた空気を吹きとばすつもりで、少年が首からかけてあるおもちゃのような
カメラと私のオリンパスの3倍ズーム付カメラとでお互いの写真を撮りあいっこし
た。   
用もないのにわざわざズームはフルオンにして。               
少年は私の所有する「優秀な日本製品」に興味が尽き無い様子だった。     
私はまたまた威厳を回復し、写真を送ってやるよ、とメモを少年に差し出した。 
彼が書いた住所はパリでも高級住宅地で有名な11区になっていた・・・。   
どんどん萎縮していく自分が手にとって分かる。               
私は12、3歳のアメリカンスクールに通っているというジュウーディーに、さん
ざん打ちのめされたような暗い気分になってはやくこの場を逃れたいと思うように
なった。 
それでも少年は極東からきた奇妙な闖入者に興味が尽きないのか、矢つぎばやに英
語でまくしたててくる。語尾があがっているから質問攻めだろな、ということぐら
いしかわからなかったが、ウンウンと、ものわかりのいい近所のおじさんを演じて
いた。    
すると少年はたまりかねたようにこう言った。                
その一声だけは私にもはっきり理解できた。                 
「ドウーユースピーク・イングリッシュ?」                 
がらがらと音を立てて崩れていくものを私は感じた。             
「い、いや話さない。もちろんフランス語も。スペイン語も、ドイツ語も・・・」
問われる前に私はよけいなことまで弁解するような憂鬱さで答えた。      
私はいよいよ気まずくなり、はやくこの場を離れ、かつ少年を傷つけないような言
い訳を汗をたらしながら考えていた。                    
「すまないジュウーディー君、バスがもう出るんだって」           
少年は急に打ち切りを告げられたことに不満そうな顔をして「バイバイ」と言っ
た。  
エルラシィディアの空は砂漠の黄色がかった空と違い真っ青としていた。    
私は恨めしそうな眼で別れを告げた少年に、何かこの空のように晴々とする言葉を
投げ返してあげたかった。                         
が、なんの機転もきかずに、握手だけは力を込めこう言った。         
「ボン・ボヤージュ」                           
握手を返してきた少年の瞳がみるみる輝きを帯びてくるのが手にとるように、はっ
きりとわかった。                                                                                                                 

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