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フェズの少女
フェズの少女

タイトル  フェズの少女
目的地 アフリカ・中東 > モロッコ > フェズ
場所 フェズ
時期 1992 年 7 月
種類 景色
コメント −フェズメディナ・フェスティバル1−                                                              
いよいよ、フェズのメディナへ突入する。                  
突入などと大仰なことをと、軽んずることなかれ、人口30万人が住むといわれて
いるこのメディナは、ところ狭しと商店がひしめき合い、通りという通りには人で
あふれかえっており、このメヂィナを歩くのにいやがおうでも気合が入ること請け
合いだ。   
町の3メートルにも満たない幅の道路は迷路のように複雑に入り交じっており、僅
か一つの交通手段であるロバの糞があちこちでてんこもりになっている。    
この細い路地という路地にはせいぜい三畳ほどの広さの商店がずらりと並び、日用
雑貨をはじめ、食料品、真鍮細工、絨毯、などなど軒を連ねてひしめき合ってい
る。    
メヂィナに城壁の門より一歩踏み入れたとたんに、羊の匂いやロバの糞の匂い、ナ
ツメグ、コリアンダー、カルダモンなどの香辛料が複雑に絡み合った匂いなどで鼻
が刺激され嗅覚が麻痺し、一種の錯乱状態に陥る。この感覚が麻痺するという自虐
的な喜びを断じて受け入れることができない異邦人はさっさと立ち去ったほうが良
い。        
最初に目指したのは町の中心に流れるフェズ川で、その岸周辺にあるタヌリとい
う、青空の下でナメシ皮を乾燥し、染色する工場だった。           
比較的人の往来が多い道を選択して行くと、広場やモスクに突き当たるから、迷う
ことなかれ−あるいは−メヂィナの観光は絶対ガイドを雇うことわお勧めする。
一日かかっても観たいものに巡りあうことはできないだろう。−        
私が日本を立つ前に読んだ本には全く二つの別れたご意見を寄せてくれていた。 
お上りさんをする気はなかったので、侮っていたわけではないが、私は前者を選択
した。 
しかし、人の流れに任せたまま押されるようにして道行き、少し広い通りに出て、
一息つくと途端に声を投げかけられる。この国で、観光客に「一人になりたい」自
由はない。 
「どこに行くんだ?150でどうだ」                    
「カラインモスクへは私も行くから案内しよう、20で行ってやるよ」     
おいおい、なんであんたについて行くだけで20になるんだい。        
と言った風の、ここでもまたガイド、ガイドの雨嵐。             
かと思えば「コンニチハ、ここは見るだけただよ」              [
「モモタローキンタローモンジロー」                    
「ここはアキハバラ・プライス」                      
見るだけただ?あたりまえじゃないか?の、おびただしい数の店から声かけられ
る。  
用のない人も黙っているだけではなく、「ジャッキーチェン」         
「カンフーチャイナ」                           
「カラテ」となる。                            
テレビでみた東洋人は皆空手マンというイメージ丸出し、興味本位丸出しの声。 
少し引っ込みじあんの人にまで「サバ」                   
「ボンジュール」                             
「サラーム」                               
と挨拶をかけられる。                           
旅人にかけるのはせいぜい挨拶くらいにして欲しい、気分爽快イェーイ−ああ、疲
れる。 
歩けども、歩けども注目の的は続き、やがて迷い込んでいる自分に気付く。   
路地の上には日除けの覆いがしてあったりして空がみえない所もある。     
すっかり迷ってしまった。                         
「ビンボー・ビンボーヤパン」                       
まとわりついてしつこい安っぽい皮財布売りに怒るようにして叫んだ。     
今度は「ビンボービンボー」といってまとわりつかれるだけだった。
ビンボーヤポンの声があちこちでこだまする。旅の−自虐的な喜び−をもう一つ知
った。       
財布売りは私を指さしてビンボービンボーと道行く人に教えている。      
ビンボーご一行がタヌリをさまよい歩き続ける。               
物乞い、商人、買い物をする人、観光するお上りさん、地べたに座り込んで何をし
ているのかさっぱりわからない人、ありとあらゆるメディナの出演者に注目を浴び
る。   
あなたも、ここではスターだ。                       
ようやくたどり着いたタヌリ。                       
アラビア語とアルファベットで書かれた看板には5ディラハムと表示してある。 
−ここでも金か−とめげそうになったけど、ようやくたどり着いたタヌリである。
料金箱が置いてありコインを5枚入れた。乾いた音がした。今日一番の客だったの
か? 
そして開け戸から腰を屈め、建物に入ると、白い手が私の胸に差し出された。  
ミントの葉の束だった。                          
そして差し出された手を追ってゆっくり顔をあげると、アラブ特有の大きな瞳をし
たかわいらしい少女がにっこり微笑んでいた。
年端もいかない少女だが、その顔だちの可憐さに頬が熱くなってしまう。    
「プレゼント?」と尋ねると、もっとすばらしい笑顔をみせ、こくりとうなずい
た。  
そして、少女の笑顔を胸にウキウキしながら、うす暗く狭い階段を登り屋上へ向か
った開いた格子戸から空がみえてきた。青々と爽快に晴れ渡った空だった。   
が、外にでたとたん閉口した。                       
獣の血なまぐさい、強烈な異臭が空気を飲み込んでいるかのように広がっていたの
だ。 
羊の皮の天日干しなのだからあたりまえか。
しかし、これは観光どころではなかった。 
結局、見学もそこそこに階段を降りることにした。
階段を降りる途中に何気なく手にしていたミントを鼻に近づけたとき、はじめてこ
のミントが何を意味するのかを知った。  
戸外に出ると,先程の財布売りがニヤニヤして立っていた―――。                                                     

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