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ナイロビの銀座
ナイロビの銀座

タイトル  ナイロビの銀座
目的地 アフリカ・中東 > ケニア > ナイロビ
場所 ナイロビ
時期 1998 年 9 月
種類 景色
コメント 今朝、全ての荷造りを終え、ボーイはスーツケースを運び出してくれる姿を追いながら、何気に触った尻ポケットに財布がないことに気がついた。
「あれっ?ボーイさん?」窮地に陥ると、すべてを他人に責任転嫁する私の習性(悪い癖)。
いくら鍵なしのテントロッジとはいえ、ここで泥棒は考えにくい。
とすれば――。
昨晩のほとんど記憶という記憶が飛んでいた時間帯の数々のシーンを思い巡らしてみた。
きっと、どこかで慌てて落としてしまったか、ジャッカルに食べられたのかもしれない。
 朝食時、もしやあのトラックに落としたかもと思い、言うか言わまいか悩んだが、パトリックに報告のつもりで打ち明けた。
パトリックは―やれやれ、またアンタか―という顔はおくびにも出さず、そうでなくても出発前の慌しいときに、いろいろ奔走してくれた。
私は、今回の旅行ではじめて朝食を抜いた。
「まあ、かわいそ。あれでもけっこうふさぎこんでいるのね」
でも、朝食を抜いた理由はほかにあった。
一足先に出発するという名古屋のTとAと話し込んでいたのだ。
千年以上の樹齢を誇るフィグツリーの袂で、昨夕のキャンプファイヤーの残り火の囲炉裏を囲みながら。
―おいおいおいおい、おっちゃんおっちゃん―どこかで天の声がしたが、気のせいだろう。
 ところで、冗談抜きで、今回の旅で得たキーワードは「女二人組み」だったように思えてならない。
どこもかしこも女二人組みだった。彼女たちは、その溢れ出さんばかりのバイタリティでもって、男以上にケニアへ乗り込んできたように見受けた。
OやYしかり。HとMもそうだし、TとA、ネコとKもそうだ。そうだ!忘れはしない宝塚たちも!
それは、ケニアに限ってのことではない。
ムンバイ(ボンベイ)から成田へ向かう便で、今回の旅では最も年齢層の低いコンビと出会う。
彼女たちは夏休みを利用して「ちょっとカルカッタやデリーなかんかを2週間まわってきました」そうである。ごくありふれたOLである。彼女たちを駆り立てるものはなにか?私はキーワードの奥にこそ秘められているであろう「キーワード」を探りかねていた。
欲しいものはなんでもすぐに手に入る―情報化時代が生んだパワーに圧倒されもする。
彼女たちは、そのうち火星にだって行けるだろう。
「へぇ〜、ケニアへ行ってたんですか?よくライオンとかに食べられなかったですね?」
「ありがとうございます。とてもわかりやすいリアクション」
「えー、でもおもしろそうじゃん、ねぇR、今度の春休みはそこにしよっか?」
「・・・・・・・・・・・・」
いいなぁ女の子たちは。背負うものが違う、からではない。きっと背負うものをどう自分のなかで咀嚼するか、記号化するのに長けているのだろう。
私たち3人は、機内で飲み明かしたワインに飽き足らず、成田到着のその足で、そのまま青山、恵比寿へと繰り出していった。
―ハニーちゃま、これはあくまでも余談です。余興です(笑)―
 で、背負うものが違うのかどうかはともかく、名古屋の看護士さんたちとのお別れ―と言っても、またナイロビで会うのですが(笑)―をした直後、パトリックが囲炉裏にやって来た。
「財布はあるそうです。昨日のナイトサファリのガイドが持っているらしいです。今はバルーンのパイロットをしているので、マサイ・マラのセケナニ・ゲートで落ち合う手筈です」
私はちょっぴり不謹慎でちょっぴり傲慢に―アフリカの奇跡!―と内心叫んだ。
そして、すぐにその「ありがたい奇跡」に対し、後ろめたく申し訳ない気がしたのは、財布には20ドルくらいしか入ってなかったように記憶していたからで、奇跡が色褪せてしまいそうだった。
ほとんどのキャッシュは、ほら、お腹に巻いてあるから―――。

セケナニ・ゲートでみなとしばしのお別れだ。
グループのメンバーはフランクが運転する2号車に移った。
フランクたちは砂煙をあげて疾走し、去っていった。
見渡すかぎりサバンナの丘、また丘で、視界がきく最後の丘まで見送ったあと、パトリックと1号車のドライバーが残った。
ゲートをでたすぐのところに、売店が並び、しばらくそこを冷やかしていた。
「ウィンドウ・ショッピング」にも飽きると、道端に座り空を見上げるくらいしかやることがなかった。
今朝のサバンナは頬に感じるくらいのそよ風が吹き、雲がちぎれるように流れていく。
アフリカの、空は、いつもと変わらぬのに、私にとってはもう最後の見上げる空だ。
皮肉なことに、今日ほど吸い込まれそうな青空を感じた日はなかった。
 空から再びフランクたちを見送った丘に目を移すと、私に向かってさかんに手を振る男がいた。
彼は道を横切る牛たちを見送りながらさかんに私に手を振り続ける。
彼のような視力がない私は急いでビデオカメラをズームにしてレンズ越しに彼を追った。
なんだ、私からしたこまタバコを巻き上げた、あのマサイ村のお兄ちゃんだった。
なんだ、ちゃんと牛の世話もしてるやんか。
「ちょっと遅すぎますね。ロッジへ戻ってみましょう」
1時間ほど、呑気な日向ぼっこをした時間を悔いるようにパトリックは促した。
「ポレポレ(ゆっくり)精神」の彼らも、日本人観光客相手だとそうも言ってられない。
地球のほぼ反対側にいる関係性のなさそうな東洋人ひとりの気分を害しただけで、彼らは明日からの職を奪われてしまう――とぃった悲壮感さえ漂っている。
「ねぇ、パトリック。財布はもういいんだよ。自分が悪いんだし。見つかっただけでもケニアに感謝。ケニア人、みんなにアイラブユー、だよ」
「いや大丈夫です!行きましょう!」あの、パトリック・・・・・頭から湯気が?気のせい?
パトリックは今までみたことのない形相を一瞬つくり、車に急ぎ乗るよう催促した。
 ゲートをくぐり、再びマサイ・マラを駆け巡るサファリ・ゲームがはじまった。
―こりゃ、サファリ・ゲームならぬ「サイフ・ゲーム」やな・・・―
移動中、運転手にあれこれ指示をだすパトリックにはなみなみならぬ固い「意思」を感じた。
―パトちゃん・・・・・やっぱり、頭から湯気が・・・・・・―
 フランク以上の超快速でロッジに到着したが、「財布を届けにくるべき男」の気配はないようである。
パトリックはホテルの従業員と早口で話したあと、車に乗り込むと同時に運転手に怒鳴るように出発を告げた。
運転手はさきほど以上のスピードで道を引き返した。
そして、本当のゲーム・サファリに興じているワゴンやジープを見かける都度、急停車し、情報収集をしていた。
パトリックたちがとりつかれたように必死なのに対して、私は何も手をこまねいていただけでは、ない。
―さっきから運ちゃんがかけてるテープの音楽いいなぁ〜―
―このテープの音楽、ナイロビで手に入るかな?今聞いちゃ、まずそうだから、あとで聞こうっと―
 驀進、急停車、驀進を繰り返しながら我がワゴン車はセケナニ・ゲート手前3キロ地点の三叉路で待機した。サファリ中の情報交換以上に無線マイクはひっきりなしに使われた。
道中、パトリックが尋ね続けてきた相手の口から「マサ・サロバ」という言葉が端々にでてきた。
たぶん、「財布を運んでくる」男の居場所が判明したのだろう。
こうしてみると、地図上ではセレンゲッティの10分の1にも満たないマサイ・マラもなかなかどおして広いものだ。公園内とその周辺には6つもの空港がある。
この保護区の面積は1,510平方キロメートルで、大阪府とほぼ同じ面積あるのだから当たり前か。
それにつけても――さっきから、ズッチャカズッチャカ鳴り止まぬ音楽が気になるな〜―。
私はつくづく「マラ川の逆さになったカバ」につける薬のないオトコだ。
 やおら、パトリックが叫んで、運転手はまた車を急発進させた。
そして、再びセケナニ・ゲートへやって来て、今度はゲートはくぐらずに、100メートル手前で停車した。私にはこの間、何がなんだかわからないままであったが、ようやくなんらかのかたちでこの「ゲーム」が終了することが近づきつつあることは予感した。
 遥か彼方から、砂埃を巻き上げて向かってくる車の音が近づいてきた。
パトリックたちの「眼力」をこのときほど思い知ったことはない。
彼らはずっと「前から」「見えて」いたのである。
財布を持った男が乗っている「トラック」を。
「あれです」パトリックは、このゲームの間、一度も振り返ることなかったが、はじめて私のほうを向いて口を開いた。
運搬用トラックはマラ・キャンプの本道から姿を現し、真っ直ぐこちらに向かってくる。
約3時間のサファリはようやく映画の撮影のようなシーンの連続の終幕を迎えつつある。
だが、おかしい。
トラックは失速しようとしない。
パトリックは早口でまくしたてて、同時にドライバーはアクセルを全開して車を反転させ、ゲート前の道を封鎖した。
大きなブレーキ音が悲鳴をあげ、あたりは砂埃がたちこめ、風に流されてようやくトラックがほんの手前で急停車していることがわかった。
この間、長かったような一瞬だったような、すっかり気が動転した私は失禁しそうになっていた。
トラックの運転手は毛むくじゃらの大男で、パトリックがまくしたてる間、なにも言わず、助手席から財布を投げつけて、無言のままハンドルを切り、セケナニ・ゲートをくぐり去っていった。
「はい、財布です。これですね?中、ありますか?」パトリックはこともなげに平然と言う。
「はいはい、ありますです、ありますです・・・・」私は中身をよく調べずもせず、上の空で答える。
気分はすっかり、カーアクションのスターだった。
何もしてないけど――――。
さきほどの大柄な男は、ナイトサファリのガイドとは明らかに違うので、単なる運び屋だったのだろうが、まったくもって度肝を抜かされる。
アフリカってやつは!
 私は一息つこうと、ドライバーに労をねぎらい、タバコを勧めた。
「その音楽いいね。テープ、売ってくんない?」
そして、自らもタバコに火をつけ、一息に吸い込み、大きく吐いて、覚悟を決めて、パトリックに本当に最後のお願いをした――――。
「ねぇ、パトリック・・・・・お願いがあるんだけど・・・。今、ここにはジャッカルいないよね?」

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