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ナズラットサマーン村の結婚式
ナズラットサマーン村の結婚式

タイトル  ナズラットサマーン村の結婚式
目的地 アフリカ・中東 > エジプト > その他の都市
場所 ギザ
時期 1993 年 10 月
種類 景色
コメント 事実、喧騒でその男の声は生かけの髭をした威風堂々たる容貌とは正反対にものの見事に書き消されていたのだが、私にとってこの一週間何度も交わしてきた数少ない知りうる現地言葉であるこの挨拶の言葉を、この時ほど真実味を実感したことはない。    
−あなたに平和を−こんにちはと同じ意味である日常の挨拶は、まさにこの時のためにあるようなものだった。
「ゲーム」は終わった。フェスタが始まろうとしているのだ。 
妻はというと、ここがギザであるとはいえ観光コースから外れていることからか、いや一生のうち最初で最後に目の当たりにする「東洋人」といった風情で、小さな愛くるしい女の子たちに取り囲まれ、矢つぎばやに自己紹介やら質問を浴びせら
れ、瞬く間にその人数は増していった。                   
美しい―――というものはいつのどの世界でも、得するようにできている。
その中でも、皆より少し背が高く、皆より少し年長で、少しおませで、おめかししているなかでも皆より少しお洒落で、そしてとびっきり美しいシャイマーと名乗る女の子に独占しようという彼女の思惑と他の女の子たちのせめぎ合いの渦中にいて戸惑っていた。 
やがて独占権を得たシャイマーに手を取られて人込みへ消えて行こうとしている。
興奮さめやらぬ一時、空を見上げると幾層にも建て増しされた住宅の窓という窓にも通りを彩る花のように人の顔が覗いていた、というよりカラスが出窓に留まっている。  
黒いスカーフを被った老婆たちが、アラブ独特の喉を裏返して発するようなかん高い声を出しているのだ。                          
アリア「魔笛」を歌うマリアカラースも真っ青だろう、というよりカラスも逃げ出す。                                   

 時が止まったような夢心地の、あの角を曲がった時から今まではほんの数分だった。   
馬車は私たちを待っていたかのようにゆっくりと動きだした。         

いや、待っていたのだ、私たちを・・・。とても贅沢な時間が流れている・・・。

アズ・タイム・ゴーズ・バイ。酒場でリックが愛しのバーグマンに再会した気分だ。  
私たちは、黄色い合羽のような衣裳で統一した楽団に先導されながら進む馬車の後ろを祝福する人々の一員として付いて行っている。              
モーセスはとても罪つくりな人だ。今日一日私はいろんな心境を味わうことができたが、何もかもが濃縮され、今宵の星葛とともに流されていった。とことん勝手なアタシ。 
彼の言った「ファミリー」とは地縁的団結力の強いエジプトではごく当たり前のように口にする「他人」かもしれないし、また本当に血縁関係にあるのかもしれない。
しかし、その程度の英語力しか彼と私たちはお互いに持ち合わせていなかったの
だ。  
それと、私の読解力以上に乏しい想像力はお粗末なものだった。        
ナイル川はいつもやさしくキララとした光を反射させながらたゆたっているではないか! 
馬車は私たちが来た道を引き返すようにして、音が聞こえてきて駈けだした角を真っ直ぐ進む方向へ進んだ。馬車が進むと列も進み人はいつの間にか増していく。 
行列の面々は悪く言えば魑魅魍魎、良く言っても奇奇怪怪、 私らもその一員だ。 
幼子たちも母親に抱えられて今宵の祝宴に参加するのか眠りも忘れさせられてい
る。  
大人という大人が参加しているようなので、子供たちも今晩は無礼講であると心得ているのだろう。明らかに行列のスピードとは違う速度で跳ねている。     
なかでもシャイマーは目立つ娘だ。ジーン・セバークみたいに子猫のように無邪気で、シャロン・ストーンみたいに猫のように気ままで妖しい。         
いつの間にか、彼女は妻から離れて本日の真の主役である二人が乗った馬車の上にいた。 
二人の間に割り込むようにして得意げに周囲を見渡しているその姿はオリーブの香りを運ぶアテネの女神のようでもあり、神秘と悲劇の古代エジプトの女王ネフェルティティの姿にも映った。お姫様を彷彿させる色気と仕種を彼女はまだ10才にも満たないであろう年齢で持ち合わせているのに少し不気味な気さえする。    
「シュワイヤ、シュワイヤ(ゆっくり、ゆっくり)」と、楽団の先導役の腹の出た派手なシャツを着た男が叫ぶ。誰かが大声で叫び返す。あちこちで怒声が飛ぶ。 
もったいぶったように進む行列は通りが広まると、 ピタリと止まり、 楽団が奏でる音楽が激しくなり、 人々が踊りだした。                   
いつかみたことのあるようなこの光景は、もう10年にもなろうとしている昔、はじめてのヨーロッパの旅で熱狂風に吹かされた陽光きらめくイタリアの水の都市ベネチアでの謝肉祭の前夜祭の夜であると思い巡した。 

あの夜、私はサンマルコ広場にいた−−−−−−−−−。

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