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タイトル
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10月の祭り
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目的地 |
日本・アジア > 日本 > 愛媛県
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場所 |
新居浜 |
時期 |
2004 年 10 月 |
種類 |
その他 |
コメント |
「またバラか・・・」 溢れだすものをこらえながら、目の前の光景を数日前のアスワンの心象風景とダブらせていたのだ。 4日前、アスワンのカタラクトホテルでの出来事だった−−−−−−−。 フィラエ島見学からの帰り、送迎のガイドたち3人組(よっぽど暇な奴らなのかセキュリティーの問題なのかは知らないが、私たち二人の客に3人も付いて来なくてもよさそうなものを・・)がかけてくれたヌビア音楽のテープは浪速音頭そっくりで、私の琴線に触れた。♪チャラリライッラリランタタンタン−−−−− 「おーい、アジが今日は安いよ、安いよ安いよ安いよ」(わけわかんないけど)ふざけ、手拍子を続け、3人組も思わぬ私の反応に大喜びで、箱バンの車中は大騒ぎに。 「もういいかげんにしたら」妻にたしなめられてもなおはしゃぎ続けた。 宿へ帰った夕食時、今度はヌビア人の民族音楽とダンス。その夜は興奮絶頂であった。 食事を済ましダンスショーも終わった頃、 私と妻はささいな事で口論になり、いざとなれば口数で勝る私は妻を泣かせてしまった。絶頂の夜は急速に冷え込んだ。 その時初めて妻の涙を見た。道中、さんざんー泣かされてーきたのは私の方なのに・・・・・。 彼女に気づいた私たちの給仕をしてくれていた大柄なヌビア人のウェイターが慰めの言葉をあれこれ英語やアラブ語やヌビア語で声かけてくれたがいっこうにやまりそうもない。 私の立場はますます苦境に立たされた。 ウェイター氏はそのうち諦めたのか、奥へ引っ込んでいってしまった。 攻撃の鉾先をとっくに収め、改悛した私もほとほと困り果てていた時だ。 「ユア、ノープレブレム、スマイルスマイル、ライクアローズ」 ウエイターが舞い戻って来て、やさしく語りかけるように言った。 同時に、妻の背後から真鍮の小さな盆に乗せた一輪の花を差し出した。
バラの花だった。
その花はついさっきまで息吹があったような新鮮さで、おまけに手でちぎったような茎の折れかただった。この男が今しがたホテルの庭ででもちぎってきたものに違いない。 真鍮のお盆がシャンデリアの明かりで光っている。そこに涙が一雫落ち反射した。 彼の心憎い演出に、さっきまでとはあきらかに違う涙を妻は流しはじめた。 そしてかわいらしい嗚咽をあげた。 眼の前にいるのは小さく儚げで、朧な存在の小さな女の子だった。 カイロのホテルにもカイロのレストランのテーブルにもアレキサンドリアの海辺のレストランにもガラス瓶にさされた可憐な一輪のバラがあった。いつもバラがあった。
「薔薇を巡る旅だね」とある時、私は言ったかと思う。 そう、バラを巡るような旅だった。 アスワンのレストラン「1888」のテーブルに花ざしはなかったが、今晩こんな素敵で粋なバラとの出会いがあった。 「まるで映画のシーンみたいだ」 すっかり彼女の涙の原因をつくった責任の所在を棚上げして私はのぼせ上がっていいた。 「やさしいヌビア人のウェイターさん、忘れないでいようね」 曖昧にうなずいた妻の顔は手にしているバラのように桃色がかっていた。 そのバラは部屋へ持ち帰り、持参した航空機のガイドマガジンに大事にはさんだ。 持ち帰ったときには押し花になっているはずだ−−−−−。
そして今日もバラだった。 私が熱くなったのは、アスワンの邂逅と、シャイマーをはじめとする女の子たちとの出会いの円舞曲と別れの序曲の融合だったのかもしれない。 シャイマーは女王様の風吹かし、女の子のいろんな名前を繰り返していた。 妻は満面の笑みでその名を復唱していた。 名を呼ばれた女の子たちの嬉しそうなこと、嬉しそうなこと。 私の霞んだ眼の先にはバラの数だけ笑顔があった。 「スマイル・ライク・ア・ローズ」−−薔薇のように笑って・・・−− カタラクトホテルのウェイターの言葉が重なるように蘇った−−−−。 このような汚れを知らぬ美しい光景を私はみたことがない。 そして、私にはもう一つ心底こみあげてくる喜びと幸福感があった。 妻その人は、そのきらめくような空気でまわりを包み込み輝く光を当てる人だ。 彼女は刹那を素直に喜び、また分かちあい感動できる人なのだった。 こんなに邪心のない無垢な人を私は知らない。モーセスをもその無垢さで包んだのだ。 この気持ちを旅立つ前、駅まで見送って貰った義父に伝えるつもりだったが、どのように伝えたらよいのか、うまい言葉が見当たらずそのままになっていた。 今はっきりと心の芯に言の葉となって、たち現れているのに・・・。 義父に伝える機会は永遠に奪われてしまっていた−−−−−。 3才くらいの小さな女の子が恥ずかしそうに、蕾から今まさに開かんとしているバラを幼いながらも精一杯の歓迎の意を表していた。 女の子たちの手から次々と妻の手にバラは渡り、やがて両手一杯のバラの束となった。 渡されたバラの香りを運ぶように声をかけ合っている。 バラの数だけ笑顔があった。 私はビデオを撮りながらこの光景を美しく捉えていたものの、邪心だらけの私は俗っぽい憂鬱がもたげていた。 「チェッ、何であいつだけなん・・・」バラの数だけ嫉妬があった(笑)。 |
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