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タイトル
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10月のバラ―エジプトにて
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目的地 |
アフリカ・中東 > エジプト > その他の都市
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場所 |
ギザ |
時期 |
1992 年 10 月 |
種類 |
景色 |
コメント |
そして――――。 もしも、彼女と出会ってなかったら−−−−−−−−−−−。
今日一日の出来事がめくりめくって、蘇っては消えていく。 今夜、 私は妻と心象風景を媒介にして、心の奥に潜む「言の葉」で紡がれた気がした。 じっと見つづける私に気づいた彼女はふいに口を開けた。彼女は微笑んだ。 「ねえ、おなかすいたー」
ホテルの重厚な扉を押し開いたとき、 私たちの夢のおもちゃ箱の蓋は閉じられ る。 遅く迄ロビーに張り付いているフロントマンに鍵を受取り、見慣れた階段を登る。 増築を重ねた造りの旧館へ向かうエントランスには真っ赤な絨毯が敷かれている。 絨毯は深く、 足音一つしない。回廊の天井のシャンデリアは絢爛豪華だ。 一つ一つの造りが、その昔オスマンのシャー(王)の別荘地であった当時の栄華を 忍ばせられるが、今の私たちにはどこか空々しかった。ここで一体何をしようか? 何度もドアノブを取って出入りした1006号室も同じことだった。 部屋のベッドで地図を広げて、あの広場がどのあたりか探してみた。 ホテルを出発してからのゴルフコースとラクダ市場に挟まれた道はすぐに分かっ た。 山高帽の男に出会ったのがシャーリア・アハラム通りであることに間違いはなかっ た。 しかし、迷路のような道なりは記憶の糸を紐解いても、また地図の上で戯れても、 結局分からず、どのあたりだったかは見当もつかなかった。 サイドテーブルにあったウエルカムフルーツには結局手をださずじまいだった が、ついにそれらは片づけられていた(まさか、片付けたのは誰かさんの胃の中では?)。 妻はおなかがすいていながらも、「やっぱり、胃の調子が悪い」そうで、早々に吐 息をついて眠りについてしまった。 白色の蛍光灯の室内で一人ぼんやりしている。何をすべきなのか? どうして、ここに居るのか、もっといるべき場所があるはずなのではと不安になっ た。 エジプトを離れる時間は刻一刻と近づいている。 もうすぐ明け方前のアッザーンが聞こえてくるはずだ。 静かに窓を開いた。闇のなかにポプラの木が浮かんでいる。 静寂ななかにも激しい音がどこからともなく流れてくる。寄せては返す波のように−−。 今からでも、あの広場に舞い戻りたい激しい衝動にかき立てられた。 誰かが体を揺り動かすかのように−−−−。 しかし、そのとき目にしたもので自重した。もう一つの「物語」はいらない。 目で見やったのは妻が眠っているベッドのシーツだった。
真っ白なシーツの上には、もうすでにしおれかけたバラがあった。
もうひとつの物語――
真っ白なシーツの上には、鮮やかなバラがあった。
「いっつもバラね・・・・・・・」 いつだったか妻が呟いた 言葉が蘇ったー――。
【完】 |
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