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タイトル
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カメルーン ルムシキ村
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目的地 |
アフリカ・中東 > その他の国・地域 > その他の都市
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場所 |
カメルーン |
時期 |
2001 年 2 月 |
種類 |
景色 |
コメント |
九十歳になるドウムハはたっぷり白いひげを蓄え、藍染の帽子に古ぼけたコートを羽織って現れた。 Vネックからのぞく胸や膝の破けたズボンから見える脚は骨ばっている。大きな丸い目は優しく印象的だ。以前タンザニアで会ったペテン呪術師などのような、いかがわしさは微塵もなく、身なりは貧しいが威厳を感じさせた。彼は問題解決のために蟹を使う。これはお祖父さんも代から三代続く方法らしい。 素焼きの壺の中には砂が敷き詰められていて、男や女、国、凶、などを表す木片を中央に置き、そこに壺を放すのだ。蟹は砂の上を歩きながら、ボードを動かす。そしてドウハムはその跡を読むのだった。 私はこの旅の中でわくわくしながら待っていることがひとつあった。それはナイジェリアの強烈な呪術師に会うことだった。いくらイスラム教やキリスト教が入り込んでいようが、呪術は相変わらずアフリカの精神世界の根幹にあった。ナイジャリアの強烈な呪術の世界についてはナイロビにいる間に何度か耳にしていた。ある呪術師の葬儀のとき、周辺の呪術師が集まって祈りの言葉を唱えると、屍がムックリ起き上がって、ピョンピョン跳びはねるように移動して、自ら墓穴に入っていったという。この恐るべき証言をしてくれたのは、日本人の旅人だった。私はナイジャリアのどこかで呪術の現場に触れてみたいと思っていた。 「ナイジャリアのどこで私は呪術師に出会うだろうか」と尋ねた。ドウムハは今はもう廃れてしまったマルギ語で蟹に私の質問を伝え、蓋をしたボールの中に蟹を放した。一分ほど待ったろうか、蓋を持ち上げるや、ドウムハはすっとんきょうな声を上げて笑い出した。砂の上を見ると、木片はバラバラになることなく、元の形のまま隅に押しやられていた。私は不気味だった。ドウムハは部族語でガイドに何やら伝えるが、私は彼がなぜこんな声を上げるのかつかみかねていた。 間もなくガイドが通訳してくれた。「あなたの目論見はすべてうまくいく。呪術師はあなたの行くところに待っている」と。『楽園に帰ろう』 新妻香織 河出書房新書より―― 」 ずいぶん、アタシが訪れたときとダムハーの印象が異なるようだが(笑)、それについては触れまい(笑)。 旅人はいつだって情緒と主観が入り混じった世界を全面に押し出すものだ(笑)。 ダムハーも、あれから7年歳をとったのだ。 それよりなによりも、著書のなかででてきた「来週から学校が始まるのにまとまったお金がない」という青年がフェリ・フォリ・マジリの兄としか思えなくてしょうがなかった(笑)。 いや、それよりもルムスキィの青少年たちは親から、それとも「学校で」そう教わっているのかもしれない(笑)。 |
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